音楽のカテゴリーを越えた『サン・シティ』 | イージー・ゴーイング 山川健一

音楽のカテゴリーを越えた『サン・シティ』

『サン・シティ』はラヴ&ピースの復活のような観のある他のチャリティ・レコードと違い、ほんとうに凄いアルバムだ。反核だとか、アフリカ飢餓救済といったスローガンよりもずっと具体的な、絞り込まれた提案であることが、そのサウンドをとてもラディカルでクリアなものにしているのだろう。

 ブルース・スプリングスティーンのバンドのギタリストだったスティーヴ・ヴァン・ザントが、一九八四年に南アフリカ共和国に旅行した。彼はニューヨークに帰ってから、アーサー・ベイカーに電話したのである。二人が、南アフリカ共和国のアパルトヘイトを告発するシングル・レコードを製作することを決め、参加ミュージシャンを募ったところ、ジャズやR&B、ロックやレゲエ、さらにラップのミュージシャンからリクエストがあった。企画は膨らみ、シングル・レコードではなく、アルバムが製作されることになった。

 そして、彼らがプレイした音楽は、ジャズでもR&Bでも、ロックやレゲエでも、さらにラップでもなかった。あるいは、そのすべてだったと言うべきだろうか。

 リンゴ・スター親子がドラムスを叩き、ザ・フーのピート・タウンゼントがギターをかき鳴らす。ロン・カーターのベースとハービー・ハンコックのピアノがそれをサポートし、彼らの音空間にマイルス・デーヴィスのトランペットが緊張感を与えている。

 そして、ニューヨークのラップ・アーティスト達がアジテートするのだ。“おれ達はブラザーを見殺しになんかできないぜ、と。

 さらに、ぼくが驚くのは、このレコードが強いメッセージを持っているのと同時に、その音楽的なクオリティがきわめて高いことだ。『サン・シティ』は鮮やかに、ロックが既に音楽シーンのフロントから大きく後退してしまっていることを示している。もはや、ジャズもR&Bも、ロックもレゲエも、さらにラップもない。あるのはただ、音楽、ミュージックに過ぎないのである。

 ジャズとロックの先頭を走ってきたミュージシャンが、あるいはR&Bやレゲエ、ラップを信じることに徹したミュージシャンが、長いパイプラインを通り抜け、今、同じひとつの場所で顔を合わせたのだ。一人でも多くの人にこのレコードを聴いてもらいたい、とぼくは思う。

 最後につけ加えておくが、同名のヴィデオも発売されており、こちらのほうももの凄い。


抜粋: 山川健一デジタル全集 Jacks『今日もロック・ステディ』より


https://m.youtube.com/watch?v=bY3w9gLjEV4

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